当時の西ドイツに学ぶ「食べ物に気をつけた人、つけなかった人」のベクレ度

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当時の西ドイツに学ぶ「食べ物に気をつけた人、つけなかった人」のベクレ度チェルノブイリ事故から26年がたっということで、このような痛ましい事故が二度と起きないように各地で追悼の行事が行われたようですが、現実はそうした想いとは正反対に原発を再稼働させようとこれまた様々な動きが報道されています。原子力ムラの懲りない面々たちは一生気付くことなく猪突猛進な人生をあゆむのでしょうか。こうした節目となる時には過去を振り返り、その教訓から多くを学ぶべきだと思うのですが、なかなかそうした機運も盛り上がる事なく、311以前の生活を続けるのが多くの日本の人たちですね。

photo credit: Werner Kunz via photopin cc

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今日はそんなチェルノブイリ事故当時の西ドイツ(ベルリンの壁崩壊前だったのですね)での様子についてを紹介したいと思います。気にした人、気にしない人、気にした行政、気にしない行政、26年前も今と変わらない様子が見えてきます。


なぜか動きのにぶい行政



西ドイツ国内で最も強い汚染地帯となったのは、南部のバイエルン州。しかし、バイエルン州政府が初めて動きをみせたのは事故から三週間もたってからで、パンフレットで地表の汚染や牛乳中のヨウ素131の汚染地を公表しただけだった。バイエルン州は西ドイツの農産物の80%を生産する農業地帯であるため、食品の規制を厳しくすると、経済的に大打撃を受けてしまうことへの配慮だった。また西ドイツ保守政界のボスシュトラウス州首相(当時)が君臨し、原発推進のキリスト教社会同盟(CSU)とキリスト教民主同盟(CDU)の地盤ということも強く影響していたのだろう。

遠い西ドイツで起きていた事態ですが、今の日本の状況と同じだと思った方も多いのではないでしょうか。放射能汚染というのは人間の五感で感じられないために、見えなければないも同然と経済性を優先させるように社会は動くのだということがよく分かります。今の日本の社会もまさにこれと同じ図式で動いています。

photo credit: ILRI via photopin cc

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一方、西ドイツでいちばん積極的な対策をしたのはバイエルン州に比べ汚染レベルが低かった中部のヘッセン州。同州は、事故当時社会民主党(SPD)と緑の党が連合政権を形成する唯一の州であった。

5月2日にウシの放牧を控えるよう農家に勧告するとともに、乳幼児や妊産婦の安全を考慮し、牛乳の1リットルあたりのヨウ素131の制限値を20ベクレルと決めた。そして制限値以上の放射能を含む牛乳、乳製品の販売を禁止した。また、流通しているさまざまな食品を環境庁直轄の研究所で測定し、食品ごとの測定結果を地方紙に掲載している。

このような最悪の事態を想定した危機管理を行った行政としては、長野県松本市がそうだったのではないでしょうか。市長の菅野昭さんがチェルノブイリへみずから行き医療支援に携わったということで、放射能汚染の実態を把握していたために、子供や妊産婦への対策を手厚く行いました。

こうしてみると行政の長やその権力をもっている政党次第で我々市民の健康はどうとでもなってしまうようです。せっかくの選挙権は家族の命と財産を守ると言う観点でも今後は重要だということですね。

そしてやはりこうした政府の対応に業を煮やしたのが民間組織。身を守るには任せておけないと各地に独自の民間測定所が立ち上がります。


自分の身は自分たちで守る



連邦政府の安全対策がいいかげんで、各州政府の対応がまちまちだったため、市民の不安は増すばかりだった。時間の経過ともに汚染が広がっていくなかで、汚染から身を守るには市民の側から独自の自衛策をとっていくしかないと、市民が共同出資して測定装置を購入し、自分たちで食品を測定するというグループがベルリン、ミュンヘン、ケルン、キールなど約10ヶ所ほどの都市に誕生した。放射能に関する知識や測定データ、具体的なアドバイスなどを伝えるためのパンフレットやニュースレターも次々と発行されている。


これも今の日本の状況とそっくりですね。というかそうするしかないということです。さらにこの話には次のような出来事も書いてあります。


ルールを変える



1986年12月半ば、州政府から制限値を定める権限を奪うことになる放射線防護予防法が連邦議会で可決成立した。これにより放射能に関する情報・指示の権限は連邦政府の独占権限となり、州政府は独自の制限値を定める権限を奪われ、さらに放射線量の測定結果について独自の分析やコメントをしたり、市民にアドバイスを与えることさえ許されなくなってしまった。

先日、農林水産省が食品業界団体に対して、独自基準の測定をやめるようにとの通達を出しましたが、この西ドイツの事例から今後予想されるのは、さらなる情報統制でしょう。今後個人で線量測定を行い公開したら逮捕される日がくるかもしれません。健康被害が表面に出始める前にこうした動きがでてくるのではないでしょうか。これは予言とかのトンデモ論ではなく、歴史を見た時に次に政府が何をするかということを冷静に見れば予測できることなのです。


これだけ差が出る!気をつけた人、つけなかった人



最後にこの西ドイツの話では次のようなデータが紹介されています。放射線の健康への影響が不確実な今、どのように生活していくかの参考にすべきデータではないでしょうか。

ここに興味あるデータがある。西ドイツのハンブルグで1987年に報告されたデータだが、事故後の食生活が人体の汚染にどのように影響したかのグラフをみると、チェルノブイリの事故後、食品を通して入ったセシウムによって、汚染が体内に蓄積していくさまがありありとわかる。興味深いのは、食生活に気をつけた人(汚染の高いものを避けた人)と食生活に気を使わなかった人の汚染度の差が歴然としていることだ。適切な対応の必要性がわかるだろう。

以上、引用元:食卓にあがった放射能 高木仁三郎 渡辺美紀子 共著


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