「原発を再稼働する」ということは「これからも嘘をつき続けます」ということ?

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「原発を再稼働する」ということは「これからも嘘をつき続けます」ということ?どうも!Marcoです。

2月9日の都知事選に向けてネット上でも様々な情報が溢れています。
脱原発をシングルイシューとする細川さん(小泉さん)の作戦が功を奏するのか?

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原発事故後の3年弱という間、例えばツイッターなどで脱原発・反原発・脱被ばくに関することを繰り返し訴える人たちが大勢います。僕もこのブログで同じようなことを繰り返し記事にしているので同類ではあるのですが、だからこそ感じることは、

「そればっかりだと、もうお腹いっぱい!!」

という世間の様子。

少しは興味があったとしても、同じことを繰り返し繰り返しだとかえって「嫌み」になってしまうというのもまた事実。
この辺りのさじ加減が難しかったりもします。


都政という様々な問題に対しての全方位的な政策を掲げるのか、はたまた焦点を絞って窮状を訴えるのか、各陣営、さまざまな戦略をとっていますね。


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また、ダマされるかも・・・



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そんな都知事選の様子を見ながら、それでも当サイト的な視点で書いておきたいことは、やはり脱原発に関すること。

結局さまざまな情報を調べたり聞いたりしていて思ったことは、最初から「結論ありき」で物事が進んでいるということです。

「危険」か「危険でないか」を議論するのではなく、「安全だ」ということをいかに信じ込ませるか?という姿勢で出来上がってきたのが原発ムラと呼ばれる産業なのではないでしょうか。

そんなことはまるで気に止めていなかった多くの人が、福島原発事故により現実を目の当たりにしました。

「嘘だらけじゃん・・・」


細川氏や小泉氏、さらにその応援にまわっている小沢氏や菅氏など、それなりの情報に触れてきた人たちもまた同じ思いなんじゃないかと想像します。

「話が違うじゃないか・・・」 と。





結論ありきの健康調査?



では、実際に我々庶民が知らないところでどんなことが行われてきたのか?
その実態に迫る取材をした本を紹介しておきます。

都知事選の投票に行く前に、ぜひ読んでみてください。

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「ウラ会議をしているんだよ」

「ウラ会議」と聞いて、すぐにあの会議を思い出した。県民健康管理調査の枠組みを決めるため国や圏の関係者が一堂に会した2011年5月13日の「準備会」だ。
 この準備会のことかと尋ねると、関係者は首を横に振って否定した。

「違う。今も検討委の直前に開いている。検査の結果をどう説明するかばかり、話し合っている」

 何のためにそんなことをしているのか、すぐには分からなかった。不確定な段階で内々に集まって話し合うのはあり得るし、一概にそれだけを問題視することはできないと感じた。だが、詳しく話を聞いているうちに、その問題の重大さに気付き始めた。

 ウラ会議は関係者の間で「準備会」または「打ち合わせ」と呼ばれており、公開されている検討委員会の「本会合」の直前、もしくは一週間前に開かれている。メンバーは本会合とほぼ同じで、委員に加えて、県立医大の教授や国の関係省庁の幹部らオブザーバー、県の担当職員も出席。県立医大の教授が調査データを説明し、検討委員が見解を出し合い、公開する本会合でどう説明するかを話し合う。つまり「予行演習」が主な中身なのだという。

 そしてウラ会議は議論の様子を非公開にするだけでなく、存在自体を隠している。検討委の事務局である福島県による隠蔽は徹底しており、何度か口止めと受け止められる行為があったほか、配られた資料はいったん回収し、本会合で改めて配り直すという。

 さらに本会合の直前に秘密会を開く場合には、同じ建物の違う階に別の会議場を準備する。マスコミに察知されるのを恐れ、直前に会場を変更したこともあったという。「秘密会」というほかなく、これ以外に適当な呼び方が思い浮かばなかった。


原発事故が起きた結果として大量の放射性物質が環境に放出されました。
だからこそ、その人体影響を多くの親が心配しているわけですが、その県民健康調査を行う専門家の方たちは公開の場で議論することを避け、発表する内容をあらかじめ打ち合わせで決めているということです。

このような「秘密会」が行われていたということが一部新聞でも報道されましたが、もっと多くの人が気付く必要があります。

さらに読み進めると・・・


「検査を受けている以上は手遅れにはならないというメッセージをマスコミに出そう」

「甲状腺がんは予後も良いがんなので、福島県立医大で適切な治療計画を考えていると言うのはどうか」

「あまり遅くても良いとか余計なことを言うのは良くない」

本会合でどのように話すべきか、出席者たちは次々と意見を出していった。その中には「質問をしてもらって言ったほうが良い」などと、「やらせ」とも受け取れる提案まであった。

 結局、45分ほどの秘密会で話し合ったのは、「本番」で披露すべき「セリフ」のことばかりだった。秘密会によって出席者たちは一つの「シナリオ」を共有していた。
 二時に近くなり、県の職員が議論を打ち切った。

 「じゃあ、いいですか。資料は会場で別途用意しているので、ここに置いていってください。三々五々向かってください」。すかさず別の県職員も「準備できた先生から三々五々会場へ向かってください」と繰り返した。

 保健福祉部長室のある県庁西庁舎七階から一階に降りていくエレベーターの中で、出席者の1人は笑った。
「バラバラでいったほうがいいかな」


すべてはシナリオ通り。
甲状腺がんの子どもが何人いようが「原発事故と因果関係はない」という結論をどう導くのか、どうやって説明すればよいのか、話し合われているのはそんな内容です。

そこに被災した人を思いやる心はないようです。

すべては「これからも原発を動かすため」



人々の不信の根はどこに


だが「被曝」をめぐる不信の根は、福島第一原発事故よりもはるか前にある。
広島、長崎の原爆症認定訴訟や第五福竜丸をはじめとする核実験被害、あるいはチェルノブイリ原発事故など、いずれも被曝、特に内部被曝による健康影響の過小評価が常に問われ続けてきた。

社会全体が抱えたままの問題が、また場所と時代を新たにして出現したからこそ、私たちは既視感を覚え、福島第一原発事故の早い段階から、専門家たちの発言を警戒感とともに聞いてきたのである。

日野 行介 (著)
福島原発事故 県民健康管理調査の闇 (岩波新書)  より引用



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ひとたび事故が起きれば同じようなことが何度も繰り返されることになります。
五感で感じることができない放射能は、まだまだ今の科学力では制御できるような存在ではありません。
結果、その「力」を使いたい側はこれからも「嘘」をつき続けるだろうし、庶民は何も知らされずに「我慢するしかない」という構図が続いていくことになります。

どこかで断ち切る決断をしないダメなんでしょうけどね。



photo credit: Lars Plougmann via photopin cc

photo credit: Kyota via photopin cc

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