秘密主義は許さない

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秘密主義は許さない

前略

カルテに書かれた放射線量はすさまじいものだが、コルツォフ副院長は、それすらも信用するわけにはいかない、と言う。

なぜなら、事故後数日してホイニキ地区の放射線探知機は検査と称して集められ、戻されたときには元の10分の1の値を差すように改造されていたからである。

私はこの話を長く信じることができなかった。しかし後になって、ヤロシンスカヤがすっぱ抜いた次の極秘文書を読んで、自分の考えを変えた。それは次のようなものだった。

「機密議事録9号。1986年5月8日。・・・・・ソ連邦保険省は被曝許容量の新基準値ー従来地の10倍引上げを承認した。特別な場合には従来値の50倍にまで、これらの基準値を引上げることも可能である。かくしてこの放射能状態が2年半続いても、老若男女すべての住民の健康の安全は保証される」

私はホイニキ病院のコビルコ院長からも被曝量を聞いた。彼は、毎時1レントゲン(約1mSv)を記録した場所に長くいた。1日で24レントゲン(24mSv)、5日で120レントゲン(120mSv)になる。彼は少なくとも100レントゲン(100mSv)は浴びたと信じているが、彼のカルテには総被曝量15ミリレントゲン(0.001mSv)と記録されていたという「朝日新聞」取材班の報告には、信じられないような事実が書かれている。

「事故に関するデータ、作業員の被曝に関するデータ、各地域の汚染データさえ秘密にされた。除染作業に参加した技術者、作業員は知ったことを口外しないという誓約書に署名させられた。ある技術者は、「私には妻に窓を閉めて外に出ないように言った。しかし、外の砂場で遊ぶ多くの子供たちには何も言えなかった」と言う。勝手に汚染状態を測定するのも禁止され、専門家が自作した放射線検知器を警察が押収する事態も起きた」

なぜこれほどまでにソ連の政府と原子力産業は、秘密主義を貫き、データの隠蔽を続けたのだろうか。

放射能の知識がない住民にデータを与えると、放射能恐怖症になる恐れがあるから、データは与えない方がいいのだ、という当局側の説明がある。しかしその秘密主義は、あらゆるところで犠牲を増やした。

中略

データの隠匿は、86年7月27日になっても続いた。ソ連邦保健省第3局は「事故処理作業遂行下での秘密体制の強化について、事故の結果を秘密にすること、治療の結果を秘密にすること、チェルノブイリ原発の事故処理参加者の放射線被曝の程度に関する情報を秘密にすること」などをソ連邦保険第3局長シェリジェンコの名で発している

続いて事故の翌87年9月24日付チェルノブイリ事故処理政府委員会の423号文書は、「一般向けの新聞に発表したり、ラジオやテレビで報道したりすべきでないチェルノブイリ原発事故関係の情報リスト」が書かれているが、その中では次のような事を秘密にするよう指示されていた。「1.基準を超えた個々の居住地点ごとの放射能汚染レベルについての情報。チェルノブイリ原発の特殊な条件の中で作業した現場作業員、あるいは事故処理に従事した者の肉体的労働能力低下、職業能力喪失に関する情報」

当局は徹底して秘密主義を貫くつもりだった。

広河隆一著 「チェルノブイリの真実」より

市民グループ「放射能防御プロジェクト」による関東近県の土壌汚染状況の調査マップ。無策の政府に業を煮やし、市民でレベルでの測定が広まっている。



チェルノブイリの事故から25年が経過していますが、東京電力福島第一原発の事故後の経過は、この事故と同じような構図で推移していると感じたのではないでしょうか。細野氏が原発担当相に就任したときに、「すべてオープンにする」と方針を語りましたが、メディアの報道姿勢なども含めて見た時に、果たしてすべてが国民に開示されているのかは疑問です。プルトニウムやストロンチウムなどの核種の漏出を保安院の報告書(※別添 表5)に見つけることはできますが、それを見つけ出した人にしか分からないような開示の仕方を公表とは言わないのではないでしょうか。危険なことを危険と言わないで隠蔽するから、疑心暗鬼になり、今となってはたとえ本当のことを言ったとしても、まずは疑ってかかるというなんとも不本意な、政府と国民の対立関係が出来上がってしまっています。

避難範囲について、福島市や郡山市が避難地域から除外されたのは、東北道と新幹線の通り道のため、ここを止めたら震災の救助や復興が滞るという政治的判断が働いたとの見方があります。また、あまりに避難の対象者が多くなるため、経済的なことを考慮すると踏み切れなかったとの見方もあります。しかし、その事を国民に伝え、逃げるべき人を逃がし、留まる人には判断を委ねるという選択肢もあったのではないでしょうか。それをしないで隠蔽をつづけ、一方でテレビでは「絆」や「がんばろう日本」などと綺麗ごとをのたまうことは、本当に薄っぺらな欺瞞だと一人ひとりが自戒しなければならないことと思います。

どうやら、「今後も公的な機関は隠蔽を続ける。」という事を視野に入れて我々は行動しなければならないでしょう。ただしチェルノブイリの時と違うのは、市民自ら線量計を手に入れ、放射線量を測定することができること、インターネットを使い情報の入手・拡散ができること、などの武器をもっているのも事実です。これらを駆使しながら、秘密主義を許さない活動を展開していくことが大事ではないでしょうか。

必要な情報はすべてベラルーシにある
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